至誠通天

良い行いも悪い行いも、お天道様はご照覧

デビュー戦の試合が終わってから

僕の勝利で試合が終わりタラップを降りて行きました。
先輩達に「よう頑張ったな。」と言ってもらいました。
勝った嬉しさは当然ありましたが、KO出来なかった悔しさもありました。とは言え、初勝利をおさめてホッとしました。

でも、その後すぐに左目の上が腫れ上がってきて、左目は完全に塞がりました。
それどころか、顔半分腫れ上がって凄い顔になっていました。
先輩達が心配して、タオルで冷やしたり、秘伝の湿布で処置して下さいました。

先輩の試合の時以外は、ベンチに座っていました。
「試合ってこんなにダメージを受けるんや。」と、その時初めて思いました。
そして、恐怖というものが自分の中に湧いてきました。
僕は随分ボクシングをなめていたと思いました。
こんなに目を腫らし、歯も欠けてボロボロになってしまうんだ。
それでも勝てて良かった。と、後になって思いました。

ふと見ると、さっき試合をした相手が横に立っていました。
「じぶん(僕の事)スタミナあるな。俺ついて行かれへんかったわ。
最初に右クロスが当たったから、これで倒れるやろう、と思ったけど倒れへん。
もう一発右ストレートが当たった時に、もう終わったと思ったけど、全然倒れなかったなぁ。
あれ~?と思っている間に、俺がええパンチもらってしまって、生まれて初めてダウンしたわ。
そのあとは、立っているだけで気持ちはもうダウンしたショックで折れてたんや。
それでも最後まで出来たのは1年生に負けられないという意地だけかなぁ。」
その相手選手は、悔しそうではなく、心から負けを認めて僕を祝福してくれたのだと思います。
一生懸命やった後って、こんなに気持ちがいいもんなんだと改めて思いました。
最後は握手して「優勝してや」と言って自分の大学の席に戻って行きました。

全部の試合が終わり、帰る途中、地下鉄に乗っていると周りからの視線を感じました。
顔半分が腫れ上がり人相がまるで変っていたので、周りの人たちが気持ち悪そうに見ていて、
僕と目が合うとサッと目をそらす。そんなの事を繰り返しながら家へ着いた時、おふくろも、二人の妹も口を開けて暫く呆気にとられていたようでした。
それは仕方ないですよね。自分でもびっくりしているんですから。
おやじは試合を見に来ていたので、それほどでもなかったけれど、それでもびっくりしていました。

自分の可愛い息子がボコボコに殴られて凄まじい顔になって帰って来たら、どんなに心配するだろう。
自分が親になって、あの時は心配かけて親不孝したな、と思います。

その夜は、顔にタオルを当てて寝ました。
次の日の朝、正直ゆっくり寝ていたかったけれど、新聞配達は休めません。
夜更けにこの顔を見た人はきっとお化けだと思うだろうと思いながら配達しました。
新聞配達を終わって販売店に帰って来たら、仲間たちが絶句。
昨晩、帰宅してきた僕を見たおふくろと妹たちと同じようでした。
「気持ち悪いから近寄らんといて」と、冗談でからかわれましたが、嬉しいような、恥ずかしいような。
それでも、新聞を担いで走れるぐらい元気でした。
ただちょっと右手の甲も腫れているのが気になっていました。
後でわかったのですが、あの試合で右手小指も骨折していたのです。