至誠通天

良い行いも悪い行いも、お天道様はご照覧

2回戦は

次の試合は、2回戦です。
デビュー戦の次の週の土曜日でした。
デビュー戦を終えて1週間の間は、サンドバックもミットも左だけで打ちました。
右手は、腫れたままで、そんなに痛くはなかったのですが、握り難くかったです。
もっと心配なのが左目の腫れ。辛うじて目は開けれる程度で、完全に腫れが引いたわけではありませんでした。
おまけに白目のところに血が混じって赤くなっていました。
2回戦当日、試合前の計量は問題なくパス。
でも検診の時に、左目の腫れが原因でドクターストップ。
このまま試合をしたら、必ずカットするので試合はさせられない。
と、ドクターは言っていた。
マチュアは、ケガにはものすごく厳しい。
余程の反則でない限り、ケガをした方が負け。

先輩達も仕方ないと諦めていたように見えたのですが、実は違いました。
主将は、ドクターが試合を認めても僕には試合をさせないと決めていたようです。
今ケガをして、それが長引いたり、そのケガが後々致命傷になってはいけないと考えておられたらしいです。
そのことを知ったのは先輩たちの全試合が終わった後でした。
それを聞いて、とても嬉しく思いました。僕のこれからの事を考えて、今の目先の試合に出る事が目的ではないと、主将直々に話してくださいました。
本当に嬉しかったです。
主将だけでなく、その他の先輩方も同じ意見でした。
主将は、自分の事だけでなく、クラブ部員全員の事を考え、指揮をとらねばならない立場です。
本当にすごい人だと感動しました。
目先の事だけを考えずに、もっと、先の事を考えるという主将から学んだことは、その後、コーチとして後輩たちを教え、
また、プロボクシングのトレーナーとしての考えの中に根付いています。

主将はその大会で近畿チャンピオンに輝きました。

試合の全日程が終わった次の日に、外科へ行きました。
レントゲンを撮ると、骨折していました。
腫れてはいたけれど、そんなに痛くはなかったのでしばらくしたら治るだろうと思っていましたが、骨折していました。
小指だったので、ギプスではなく、添え木のような感じで対応しました。
添え木を固定する前に、左小指を思いっきり引っ張られました。
その時が一番痛くて、息が止まりました。そして、医師が僕に言いました。
「君の手の骨はあまり太くないので、これをきっかけにやめた方がいいよ。」
即効で反論「これぐらいでやめれるか。何があってもやめません。」
医師は、僕を試していたのかもしれません。
弱い意志では、ボクシングは続けられないから、それだったらと思って言ったように感じました。
でも、僕には全く無用の話です。

次の日の朝からまた新聞配達があります。
右手に添え木をしている為、自転車に乗れないので添え木をとるまで休ませて欲しいと販売店にお願いに行きました。
そこへ電話がかかってきました。電話の相手は、僕のおやじでした。
「迷惑かけたらあかん。担いで配れる分だけでも配れ。」
と、言うのです。俺のおやじは鬼か、と思いました。
おやじは昔気質の人間で、僕達兄妹には
「人に迷惑をかけてはいけない。食べ物を粗末にしてはいけない。整理・整頓はきちんとしなさい。」
と、ずーっといい続けてきていました。
だから、休むことで新聞販売店に迷惑をかけたらいけない。と、いう理屈は分かるけど、ちょっと・・・?
販売店の奥さんも「私やったらよう言わんわ」と言っていました。
次の日から、狭い範囲だけ配達する事になりましたが、この事で、気力が続いて行ったように思います。
今から思えば、おやじに感謝です