至誠通天

良い行いも悪い行いも、お天道様はご照覧

給料日が憂うつ

ボクシング部のOBの方の紹介で、建築設計の会社の測量部でバイトする事になりました。
今まで高校生の時も、色んな所でバイトはしていたけれど、バイト代の半分ぐらいはおやじに渡していました。
これからは、ほぼ全額渡すことになります。
家が困っているから、会社が困っているからと自分で進んで始めたバイトだったけれど、何か心に引っ掛かるものを感じていました。
周りの友人たちは、バイトした給料は殆ど自分の小遣いとして使い、自動車を買ったり、旅行に行ったりと楽しんでいました。
でも僕には、それは許されない。自分で稼いだお金なのになぜ使えないんだ。
腹が立つし、悔しいし、毎日毎日が、悶々としていました。
家に帰ってもまったくしゃべらない。
おやじは、何とか僕の気を引こうと色々話しかけてきていましたが、僕は全く無視していました。

今思えばおやじも僕に負担をかけて悪かったと思っていたのが分かりますが、その当時は全然分かりません。いや、心のどこかで分かっていましたが、それを表に出そうとはしませんでした。

そんな中だから、ボクシングだけが唯一のストレスのはけ口であり、楽しみでした。
有り難い事に、Nトレーナーは厳しく僕にコーチして下さるし、出来る事がちょっとずつ増えてくるのが、とても嬉しかったです。

高校の同窓生のH君が偶然入門して来て仲良くしていました。
H君は、高校を卒業してから、料理の勉強をしていて、その当時は、大阪船場のレストランで修業中でした。
体格も同じぐらいだったので、よくスパーリングもやりました。
同窓生と言っても手加減なんてお互いまったくしないガチのスパーリングにNトレーナーも真剣に見て下さっていました。
スパーリングは、大概、僕が勝っていましたが、いいパンチもよくもらいました。
二人で切磋琢磨してお互い強くなろうとよく話していました。

帰宅して、風呂に入って寝て起きたらまたバイト。
バイトするのも、ボクシングするの楽しかった。
日曜日でも、祝日でも忙しいから出てきてくれと言われれば、積極的に行った。
ただ、給料日に給料袋を開封せずにおやじに渡すのが嫌だった。

測量のバイトは、殆どが外での仕事でした。
箱尺を持って走る事で、トレーニングにもなる。
坂道を駆け上ったり、重たいマンホールを開けたりするのもトレーニングになる。
何とかボクシングに結びつけようと、色々とトレーニング方法を考えていました。
会社の人に「お前と仕事してたらしんどいわ。もう走らんといてくれ。息が続かんわ。」と、言われるぐらい走っていました。
事務所に帰って来て、測量データの整理や、用具の整理も面白かったです。
それでも、給料日は憂うつになりました。全く0円ではなかったけれど、もうちょっとぐらい小遣いが欲しいな。と思い、おやじに交渉してもダメでした。もう家になんか居たくないと考えるようになって、夜に外出することも増えてきました。そうなると、朝のロードワークがおろそかになる日が・・・。そんな日は、夜に走りました。コースはやっぱり大阪城。カップルがたくさんデートしていました。羨ましいなと思いつつも、「これから強くなって、みんなを見返してやる。」と、ジェラシーもありましたが、一生懸命走れてよかったです。