至誠通天

良い行いも悪い行いも、お天道様はご照覧

O君は真面目でした。その真面目が鎧になっているような子でした。「この子は真面目だから、このままやらせよう。真面目だから怒鳴らないでいよう。真面目だから・・・。真面目だから・・・。真面目だから・・・。」

O君だけに言える事ではありませんが、真面目と言うのは、気の弱い子、自身のない子の鎧なんです。クラスメートにいじめられても真面目にしていたらこれ以上いじめられないだろう。エスカレートして、お金を取られていても真面目にしていたらこれ以上要求されないだろうと思ってしまうんです。立ち向かうのが怖いんです。反発するのが怖いんです。だから真面目の鎧を着てじっとしているんです。

そしてO君は、僕が指導するまで色々なトレーナーに教わっていたみたいですが、ほとんど我流に近いボクシングスタイルでした。O君はそれまで教わってきたトレーナーの言う事が理解できていなかったようです。それほど素質がない、気の弱い、劣等感の塊のような子でした。真面目と一生懸命は違いますが、彼にはボクシングを諦めさせるために教えることにしました。

「諦めさせる為に教える」って、変に聞こえるかもしれませんが、ボクシングと言うスポーツは、他のスポーツと違って、何もしなかったら打撃を受け続けるスポーツなんです。だから、素質のない子は、早く諦めさせた方がいいのです。殴られ続けて身体がまともなわけもなく、いずれどこかに支障が出てきます。そうなる前に辞めさせるべきなんです。健康増進のためにするのならそれなりの教え方もありますから。

でもO君は、プロを目指すという。何日も何日も説得しましたが全然聞きませんでした。それなら、プロテストを受けてそれでだめだったら辞めるという約束で教えることになりました。会長にも了解をもらいました。

教えても、教えてもうまくなりません。僕に教えられたことが出来ないのが情けないのか、腹が立つのか、練習中に何度も頭や顔をかきむしります。そんなことをしてもうまくなる事なんてない。僕に対して「俺は一生懸命やっているんだ」という、アピールプレーの意味もあるのだろうけれど、僕には通じない。でも、プロテストまでは面倒を見ると約束したので、僕も試行錯誤しながら、教えました。

ロードワークはしているのか、いないのか分からないが、スタミナが無いので気力も技術もついてこない。それでもO君は、それこそ真面目に練習に来る。一日一つとは言わない。一週間に一つでいいから何か覚えてほしいと思い教えていきました。

そんなO君にプロテストの日が決まりました。もうこれでO君の面倒は見なくてよくなる。これで彼も諦めてくれるだろうと思っていました。