至誠通天

良い行いも悪い行いも、お天道様はご照覧

O君の試合結果は・・・?

試合当日のO君は、緊張していて話を殆どしませんでした。試合前に緊張するのは自分にも経験があるのでよく分かります。彼の場合は、いつもの頭や顔をかきむしる行為が多く、ぶつぶつつぶやいています。そのつぶやきを聞いていると、「俺は何でこんなにあかんねんやろう。」とか「スタミナに自信ないな。」など、自分を追い込むようなことばかりでした。しっかりしろよと、声をかけてやりたいけれど、それは逆効果にになるので「大丈夫や。今まできつい練習をやってきたのだから、大丈夫、大丈夫。」と、何度も背中をさすりながら言いました。プロテストの時とは全く違う様子でした。

試合前のウォーミングアップでの動きも、いつも以上に硬くスタミナに気を使っているのか、あまり動こうとはしません。僕が「ちゃんと動かないと、身体が温もらない。身体が温もらなかったらケガするよ。」と、言ってからは、やっといつも通り動くようになって来ました。

練習中からも、ずーっと話かけていました。

「スタミナの事は考えなくていい。」

「しっかり相手を見ろ。」

「先に左を出せ。」

「打ち終わったら必ずガードを上げろ。」

「左、左、左や。そして打ったらガードをあげろ。」

どこまでイメージして彼がやっていたかは、動きを見ればすぐに分かります。「やはり、試合をさせるべきではない。」と、思いましたが、キャンセル料は払えないし、やるしかありませんでした。「大丈夫。大丈夫。」と、呪文のように彼に言い聞かせてきました。

グローブをつけ、マウスピースなどの必要なものを揃えてリング下で待ちました。その時も「大丈夫。大丈夫。」と呪文を唱えました。

選手紹介が終わり、レフリー注意の後ゴング。

「まず左やぞ。」と言って、お尻を軽く叩いて送り出しました。タラップを降りて、顔をあげ、アドバイスをかけようとしたときにO君がダウンしました。「えっ?今何が当たったんや。???」カウントは進みます。「ファイティングポーズをとれ。グローブを上げろ。」僕の声が聞こえたのかO君はグローブを上げました。カウント8。ボックスがかかりました。当然相手は襲い掛かります。O君はまたもダウン。今度も何がきいたのか分からない。2回目のダウンでは、膝をついたまま立ち上がらずカウントアウトでKO負け。

試合が終わって、控室に戻りグローブを外しながら聞きました。「何が効いたんや」と。するとO君は僕が全く予想もつかなかった答えを言いました。

「別に何も効いていません。」

「それならなんで倒れたんや」

「怖かったからです」

「・・・・・?」

何の言葉も見つからず、ため息も出ませんでした。俺は何を教えて来たんやとやりきれない思いがしました。